大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成4年(ワ)12389号 判決

東京都足立区鹿浜五丁目三一番一三号

高木利安こと

原告

高一白

右訴訟代理人弁護士

岡田和樹

神田高

東京都港区赤坂二丁目一七番六九~三〇三号

被告

有限会社 イサオ商事

右代表者代表取締役

李成大

東京都新宿区大久保一丁目七番二四号 林マンション五〇五号

李大和こと

被告

李成大

右両名訴訟代理人弁護士

伊藤博

主文

1  別紙目録一記載の編集著作物につき、原告が著作権を有することを確認する。

2  被告有限会社イサオ商事は、原告に対し、金四六二万円及びこれに対する平成四年八月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3  原告の被告李成大に対するその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は、原告と被告有限会社イサオ商事との間に生じた費用は全部同被告の負担とし、原告と被告李成大との間に生じた費用はこれを二分し、その一は原告の負担とし、その余は同被告の負担とする。

この判決第2項は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文1項同旨。

2  主文2項同旨。

3  被告李成大は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成四年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  第2、3項につき、仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告と被告有限会社イサオ商事(以下「被告会社」という。)の代理人被告李成大(以下「被告李」という。)は、平成二年四月ころ、韓国の歌の韓国語の歌詞に日本語のルビをふった歌詞集及び楽譜集を、次の約定で共同で出版することを合意した。

(一) 右歌詞集及び楽譜集は原告が編集し、被告会社が印刷資金等を出して発行する。

(二) 被告会社は、原告の報酬として、右歌詞集の複製物を四〇〇冊、楽譜集の複製物を二〇〇冊交付する。

2  原告は、平成三年八月ころ、韓国語の歌詞に日本語のルビをふった歌詞集及び楽譜集の編集を完成し、原稿を被告李に交付し、被告会社はこれを印刷して、平成三年一二月、別紙目録一(一)記載の著作物(以下「本件歌詞集(改訂版)」という。)及び同一(二)記載の著作物(以下「本件楽譜集」という。別紙目録一(一)(二)を合わせて「本件著作物」という。)を出版した。

3  被告らは、原告の本件著作物についての著作権を争う。

4  被告会社は、本件著作物の複製物を原告に交付しない。

5  原告は、被告会社の債務不履行により、本件著作物販売代金額相当の四六二万円(一冊あたり七七〇〇円)の得べかりし利益を喪失した。

6  被告李は、本件著作物の編集ミスなどの虚構の事実を作り上げ、その責任を原告になすりつけ、原告に対し損害賠償を請求したり、編集人の資格がないと決めつけるなど、本件著作物についての原告の著作権を否認する行為を行い、その結果、原告の名誉感情は著しく傷つけられ、これによって原告は精神的損害を被った。

右慰謝料としては、一〇〇万円が相当である。

7  よって、原告は、

(1) 被告らに対し、本件著作物の著作権が原告にあることの確認、

(2) 被告会社に対し、債務不履行による損害賠償として、四六二万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払い、

(3) 被告李に対し、不法行為による損害賠償として、一〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払い、

を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は否認する。

2  同2のうち、被告会社が本件著作物を出版したことは認め、その余の事実は否認する。

本件歌詞集(改訂版)は、原告及び被告李が共同で編集著作したものであり、本件楽譜集は被告李が編集したものである。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実は認める。

5  同5の事実は否認する。

6  同6のうち、原告に対し損害賠償を請求したり、編集人の資格がないと決めつけるなど、本件著作物についての原告の著作権を否認する行為を行ったことは認め、その余は否認する。

三  被告会社の抗弁(相殺)

1  被告会社の売買代金債権

(一) 原告と被告会社は、昭和六三年一一月ころ、別紙目録二記載の著作物(以下「本件歌詞集(旧版)」という。)を出版するに際し、被告会社が原告に売り渡すときは、定価一万円の七掛けである一冊七〇〇〇円を売価とする旨の合意をした。

(二) 被告会社は、原告に対し、次のとおり、合計六三一冊の本件歌詞集(旧版)を売り渡し、その代金は合計四四一万七〇〇〇円であった。

(1) 昭和六三年一月一七日から平成元年一月一七日までの間に一二一冊

(2) 平成元年一月二九日に四九五冊

(3) 平成元年二月九日に一五冊

(三) 被告会社は、原告から、平成元年一月二九日、右代金の内金五万円を受領し、残代金四三六万七〇〇〇円の債権を有している。

2  被告会社の債権(予備的主張)

(一) 仮に、右1(一)の売買契約が認められないとしても、被告会社と原告との間で、本件歌詞集(旧版)について、利益配分の前提として一冊につき七〇〇〇円の販売代金を一旦被告会社に入金する旨の合意があった。

(二) 原告が入金すべき販売代金は、六三一冊分の合計四四一万七〇〇〇円から支払済みの五万円を控除した残金四三六万七〇〇〇円であり、被告会社は、同額の債権を有する。

3  相殺の意思表示

被告会社は、原告に対し、平成七年二月二〇日の本件第一五回準備手続期日において、右1、2の債権をもって、原告の被告会社に対する本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)の事実は否認する。

同1(二)のうち、原告が本件歌詞集(旧版)合計六三一冊の交付を受けたことは認め、その余の事実は否認する。

同1(三)のうち、原告が五万円を支払ったことは認め、その余の事実は否認する。

2  同2(一)の事実は認める。

同2(二)のうち、本件歌詞集(旧版)の五八八冊分の合計四一一万六〇〇〇円につき、被告会社に入金すべきであったことは認め、その余は否認する。その余の四三冊分は、見本又は寄贈分である。

3  同3の事実は認める。

五  再抗弁

仮に、抗弁1または2の事実が認められたとしても、原告と被告会社(代理人被告李)は、平成二年四月ころ、右債権については、請求しないことを合意した。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は否認する。

第三  証拠関係は、本件記録の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

第一  著作権確認請求について

一  原告本人尋問の結果(第一、二回)、被告李本人尋問の結果及び後掲の各証拠によれば、本件についての事実経過は、次のとおりと認められる。

1  原告は、韓国で生まれ、昭和一六年に来日して、昭和二六年に国際音楽学校を卒業し、昭和三三年からキャバレーやクラブでピアノを演奏するなど、音楽関係の仕事についていた。

被告李は、韓国のKBS放送でバンドマスターや音楽プロデューサーを務め、その後ナイトクラブのバンドマスターをした後、昭和五八年ころ、来日してクラブでエレクトーン演奏をしていて、そのころ、原告と知り合った。

原告は、日本語も韓国語も読み書きができるのに対し、被告李は日本語の理解が充分でない。

2  原告は、昭和六〇年ころ、クラブで日本人の客から韓国の歌にルビをふってほしいなどの要望を受け、韓国語の歌詞に日本語のルビをふった歌詞集を出してみることを思い立ち、被告李に相談して、当時同被告が経営の実権を有していた被告会社と原告が、共同でこれを出版することになった。そして原告と被告会社の代理人被告李は、具体的には、当座の資金は被告会社が出し、原告は歌詞にルビをふるなど編集作業に携わって韓国語の歌詞に日本語のルビをふった歌詞集を出版することを合意した。

3  昭和六一年一〇月ころ、歌詞集の印刷が行われたが、このときの歌詞集(第一版)は、資料として集めた楽譜等を充分に編集しないままに印刷業者に任せれば良いとの被告李及び原告の考えで印刷業者に原稿を渡したところ、使い物にならない出来であったので、ゲラ刷で廃棄された(成立に争いのない甲二〇の1、原告本人尋問の結果(第二回)真正に成立したものと認められる甲二〇の2、甲二〇の3(官署作成部分の成立は争いがない。)、乙一の存在)。

4  原告と被告会社の実質的代表者である被告李は、昭和六三年ころにいたり、再度きちんと編集をして本件歌詞集(旧版)を出版し、売上から必要経費を差し引いた利益を、原告が四五パーセント、被告会社が五五パーセントの割合で配分することを合意した。

5  昭和六三年一二月、本件歌詞集(旧版)が発行された。本件歌詞集(旧版)には、原告が「発刊によせて」として選曲や訳詞についてのコメントを掲載し、その奥付には、「編集 原告」「監修 被告李・三佳令二」「発行 被告会社」との趣旨の記載がされていた(いずれも成立に争いのない甲六の1ないし4、甲一七の1ないし3)。

6  平成二年初めころ、原告と被告李は、本件歌詞集(旧版)を改訂すること及び本件楽譜集の出版を合意し、本件歌詞集(旧版)と曲を一部入れ換えするなどして、一旦平成三年五月、歌詞集(第三版)が印刷されたが、印刷ミス等があったため廃棄され、同年一二月、あらためて本件歌詞集(改訂版)及び本件楽譜集が発行された。廃棄された歌詞集(第三版)の奥付には、「編集 被告李・原告」「日本語監修 原告」「発行 被告会社」との記載があったが、本件歌詞集(改訂版)には、原告が「編集後記」を掲載し、本件歌詞集(改訂版)及び本件楽譜集の奥付には、「編集 原告」「監修 被告李・三佳令二」「発行 被告会社」との記載がある(いずれも成立に争いのない甲七の1ないし3、甲八の1ないし4、甲一八の1、2、前掲甲二〇の1ないし3、いずれも被告李本人尋問の結果真正に成立したものと認められる乙二、乙三)。

7  その後、被告会社が原告に約定の本件歌詞集(改訂版)及び本件楽譜集の引渡しをしないこと等から、本件紛争が始まった(いずれも成立に争いのない甲一ないし甲四)。

二  いずれも成立に争いのない甲九、甲一〇、甲一九の1、2、甲一〇により真正に成立したものと認められる甲一一ないし甲一六、原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、本件著作物の編集経過については、次の事実が認められる。

1  本件歌詞集(旧版)の編集

原告は、被告李の意見も採り入れて掲載が適切な曲を選曲し、選曲したものにつき、既に自ら収集していたものの外、韓国語の歌詞のついている楽譜を集め、一部は被告李からも楽譜等の提供を受けて、資料を整え、それらの資料は判型が大小様々であることから拡大コピーする等して楽譜をB5判の大きさに整え、そこから歌詞の部分を手書きで抜き出し、ハングル語の歌詞に日本語のカタカナでルビをふり、その下にその歌詞の日本語訳を記載した。日本語の歌詞がある場合はそのまま、また、日本語の訳詞をつける必要がある場合は、まず原告が直訳し、それを作詞家である三佳令二に渡して、訳詞を依頼し、作成してもらった。このようにして、原告は、韓国の曲七五四曲と日本の曲三〇曲につき、ハングル語の歌詞に日本語のカタカナでルビをふり、その下にその歌詞の日本語訳を記載した体裁の原稿を作成し、これを韓国語のクヌドゥル順(日本語のアイウエオ順に相当する。)を基本とし、歌詞に長短があることから一曲分を一頁又は見開き二頁に収めることができるように、かつ別に発行予定の楽譜集に対応する曲の楽譜を同じ順序で、しかも一曲分を一頁又は見開き二頁に収めることができるように(歌詞の長短と楽譜の長短は必ずしも一致しない。)順序を調整して、曲を配列していったものである。

2  本件歌詞集(改訂版)の編集

原告は、平成三年秋、韓国の旅館に泊まり込みで、三佳令二の協力を得協などして、編集作業にあたった。原告は、被告李等の意見を採り入れて旧版から韓国の曲三五曲を削除し、韓国の曲一八五曲を追加し、さらに日本の曲五曲を追加して、追加した曲についての原稿を旧版の場合と同様の方法で作成し、これを既にある曲の中に韓国語のクヌドゥル順を基本とし、一曲分を一頁又は見開き二頁に収めることができるように、かつ楽譜集に対応する曲の楽譜を同じ順序に一曲分を一頁又は見開き二頁に収めることができるように順序を調整して、曲を配列していった。

3  本件楽譜集

原告は、本件歌詞集(旧版、改訂版)を編集する過程で拡大コピーする等して判型を整えた楽譜を、一つの楽譜集として統一した体裁にするために表記を整え、かつ本件歌詞集(改訂版)と曲の順序が同じで、かつ一曲分を一頁又は見開き二頁に収めるように順序を調整して編集した。

三  被告らは、本件歌詞集(改訂版)の編集は原告と被告李が共同で行い、本件楽譜集の編集は被告李が行った旨を主張し、被告李は、被告本人尋問において「本件著作物の発行を思い立って、選曲をしたのは被告李であり、被告会社で被告李と韓国の三護出版社が協力して選曲しルビをふり、配列をした。」旨を供述する。

しかし、被告李自身、具体的にやったこととしては、資料集め、選曲、三護出版社への原稿の持込み等を挙げるのみであるうえ、本件歌詞集(改訂版)及び本件楽譜集の奥付に「編集 原告」「監修 被告李・三佳令二」との趣旨の記載がされたのに対し文句をいわず、販売していたこと(原告本人尋問の結果(第一回))、さらに、被告李は日本語を充分に解しないことは前記認定のとおりであり、ルビをふることも、訳詞をつけることも、訳詞を理解し、編集作業を行うことも、難しいと思われること、また、三護出版社の代表者である金正泰が本件著作物を編集したのが原告である旨回答書に記載していること(前掲甲二〇の1ないし3)、本件訴訟前に被告会社が原告に宛てた内容証明郵便でも、原告を「編集人」と認めていること(前掲甲一、甲二、甲四)に照らしても、被告李の前記供述部分はたやすく信用しがたい。

四  以上の事実によれば、編集著作物である本件著作物の著作権は、原告に帰属するものと認められる。そして、請求原因3の事実は当事者間に争いがないから、原告の著作権確認請求は理由がある。

第二  債務不履行に基づく損害賠償請求について

一  請求原因1、4、5について

1  原告本人尋問(第一、二回)及び被告李本人尋問(後記信用できない部分を除く。)の各結果によれば、被告会社が原告に対し本件歌詞集(改訂版)四〇〇冊及び本件楽譜集二〇〇冊を交付する合意をしたことが認められる。

被告李は、本人尋問において、本件歌詞集(改訂版)四〇〇冊及び本件楽譜集を交付すべき合意をしたことは認めるものの、本件楽譜集の冊数は五〇冊であった旨供述する。しかしながら、被告李の右供述部分は、同時になされた本件歌詞集(旧版)についての清算の合意の有無について後記認定のとおり措信できないことにも照らし、たやすく信用できない。

2  請求原因4の事実は当事者間に争いがない。

3  前掲甲七の1ないし3、甲八の1ないし4、原告本人尋問(第二回)によれば、本件著作物の定価はいずれも一万一〇〇〇円であること、原告は本件著作物六〇〇冊の交付を受けていれば、一冊あたり定価の七掛けの七七〇〇円で販売することができたであろうことが認められ、したがって、原告は、被告会社の債務不履行により、これを販売することにより得べかりし四六二万円(七七〇〇円の六〇〇冊分)の利益を失ったことが認められる。

二  相殺の抗弁について判断する。

1  原告と被告会社が本件歌詞集(旧版)について、売買契約を締結したことを認めるに足りる証拠はない。

2  他方、原告は被告会社に対し、本件歌詞集(旧版)についての利益分配の前提として、本件歌詞集(旧版)一冊につき七〇〇〇円の割合で被告会社に入金すべき約定があったこと、被告会社から原告に対し本件歌詞集(旧版)六三一冊が交付されたことは争いがなく、原告本人尋問(第二回)及び被告李本人尋問の結果によって真正に成立したものと認められる乙四の3及び被告李本人尋問の結果によれば、右六三一冊のうち少なくとも八冊は、アメリカ、香港、ソウルでの宣伝用に関係者に配布するためのもので、この分については原告が被告会社へ入金する必要のないものであることが認められる。

三  すすんで、再抗弁について判断する。

1  前記認定の事実に原告本人尋問(第一、二回)、被告李本人尋問、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 本件歌詞集(旧版)については、原告と被告李との間で、その販売による売上げから経費を控除した後の利益を原告が四五パーセント、被告会社が五五パーセントの割合で配分することが合意されていた。

そして、被告会社から原告に対し、本件歌詞集(旧版)六三一冊が交付されたこと、そのうち多くとも六二三冊については、一冊につき七〇〇〇円の割合で被告会社に入金すべき約定があった。

(二) ところが、本件歌詞集(旧版)の出版後、原告は被告会社に五万円を入金したのみで、被告会社との間で右入金や清算の手続きが進まないでいたところ、その後、その経費を九〇〇万円とする旨の合意ができたものの、清算しないまま、原告と被告李は、カラオケ用レーザーディスクに進出する話で意見が食い違い、喧嘩分かれの状態となり、以後、連絡をし合わない状態が続いた。

(三) その後、被告李から原告に、先に原告が交付を受けた本件歌詞集(旧版)中の三〇冊を代金を支払うから分けてくれと申出があり、原告がこれに応じて本件歌詞集(旧版)を渡し、被告李が代金を支払ったことをきっかけに、両者の連絡が回復し、平成二年初めころ、原告と被告会社は、本件歌詞集(改訂版)と本件楽譜集の出版を合意し、その際、今回は利益を原告が四五パーセント、被告会社が五五パーセントの割合で配分するという契約は結ばず、被告会社が原告に対し、報酬として本件歌詞集(改訂版)四〇〇冊及び本件楽譜集二〇〇冊を交付すること、本件歌詞集(旧版)の清算については、原告が一冊当たり七〇〇〇円を入金して経費を差引き、利益を原告が四五パーセント、被告会社が五五パーセントの割合で配分するという当初の約定による手続きはしないこととする旨を合意した。

2  被告李は、被告会社が本件歌詞集(旧版)についての原告会社に対する債権を放棄したことはない旨を供述する。しかしながら、1(三)認定のような経過で、本件歌詞集(旧版)の清算がなされないまま、本件歌詞集(改訂版)が編集、製作され始めたこと、しかも本件歌詞集(改訂版)についての報酬を取り決めていることに照らし、この点についての被告李の前記供述部分はたやすく信用できない。

なお、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲二一、原告本人尋問の結果(第一回)によれば、本件歌詞集(旧版)は約二〇一〇冊印刷されて、そのうち約一九〇〇冊が販売されたものと推認されるところ、このうち原告に交付されたのが前記のとおり六三一冊であり、残りの一二六九冊を被告李において販売したとすると、売上合計は、約一七〇〇万円となること、前記認定のとおり、原告と被告李は、経費を九〇〇万円とすることを合意したことが認められるから、これを差し引いた利益は八○○万円で、その四五パーセントは三六〇万円となること、原告が被告会社に入金すべき金額は、被告らの主張によれば四三六万七〇〇〇円、原告の自認する冊数によっても四一一万六〇〇〇円であるから、これを原告が入金しないで、三六〇万円の利益配分を受けないとすることは、あながち不合理とはいえず、さらに、被告李本人尋問の結果、本件著作物が合計三〇〇〇冊程度印刷されていることが認められることからすれば、本件歌詞集(旧版)の場合と比較し、原告においてそのうちの六〇〇冊の交付を受けることは、不自然でないものと解される。

3  したがって、再抗弁事実が認められ、被告会社の相殺の抗弁は理由がない。

四  よって、被告会社は、約定の本件著作物の複製物を交付しなかったことによる損害(前記一3認定のとおり四六二万円)を賠償すべきである。

第三  不法行為に基づく損害賠償請求について

一  請求原因6のうち、被告李が原告に対し損害賠償を請求したり、編集人の資格がないと決めつけるなど、本件著作物についての原告の著作権を否認する行為を行ったことは当事者間に争いがない。

二  しかしながら、原告本人尋問の結果(第二回)によれば、原告としては、被告李が原告に対し損害賠償を請求したり、編集人の資格がないと決めつけるなど、本件著作物についての原告の著作権を否認する内容証明郵便を書いたことをもって、本件不法行為の内容ととらえているものであるところ、前掲甲一、甲二、甲四及び弁論の全趣旨によれば、被告李は被告会社名でそのような内容の内容証明郵便を出したこと、被告李本人尋問の結果によれば、印刷ミス等があったため廃棄処分にした本件歌詞集(第三版)についての費用負担その他につきトラブルが発生したため、被告会社から原告に対し損害賠償請求等の内容を含む内容証明郵便を差し出したことが認められ、やや表現に穏当を欠く部分があるとはいえ、紛争の渦中にある当事者間の書簡中のものであって、不法行為として法的責任を問うまでの違法性はいまだ認められず、右のような事実を第三者に対し書面や口頭で告知したことを認めるに足りる証拠はない。

三  したがって、原告の不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。

第四  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、本件著作物の著作権が原告にあることの確認並びに被告会社に対し四六二万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成四年八月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、被告李に対するその余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西田美昭 裁判官 髙部眞規子 裁判官 池田信彦)

著作物目録一

(一) 「韓国の心」 歌詞集 (改訂版)

(二) 「韓国の心」 楽譜集

著作物目録二

「韓国の心」 歌詞集 (旧版)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例